★ YT治療院からのお知らせ ★

開業10年プレゼントのお知らせ

開業10年の節目に感謝の気持ちを込めてささやかなプレゼントを準備しました。
8月1日以降に来院された方 200名先着とさせていただきます。
今後ともしんさやまYT治療院をどうぞよろしくお願いいたします。

その8 リアル人生ゲーム

 待合室の小さな本棚に一冊の詩集がある。『リアル人生ゲーム』花野結子著 2011年5月15日初版第1刷発行 文芸社その年の2月ころ肩が凝ってすごく辛い!と一人の女性が来院された。肩こりの原因について思い当たることはありますか?と尋ねた。生まれて初めて詩集を出すことになった。今その仕上げの段階で出版社とのやり取りが頻繁にあって。結構プレッシャーも感じていて。というお返事だった。

 マッサージ治療で首肩のコリをほぐし精神的緊張を和らげてさしあげた。治療が終わってから「出版になったら私の方で点字の詩集にしてもいいでしょうか?」と尋ねた。快く了解していただいた。5月15日を待たずして出来上がったばかりの真新しい本を持って当院を訪ねてこられた。さっそくいつもお世話になっている『埼玉県点訳奉仕会』に点訳を依頼した。10月には私の手元に点字の詩集が届いた。同時に目の見えない人たち専用のインターネット図書館にアップされた。そのことを花野さんにお伝えしたところ大喜びだった。「私の詩集が全国の視覚障害の人たちにも読んでいただけるんですよね。」

 それからわずか半年後の3月、彼女の訃報を耳にした。不治の病にかかっておられたそうだがそれ以上のことは知る由もない。最近この詩集を改めて読んでみた。そこには子どもの頃の思い出、父母祖父母への思い、夫や子どもたちに寄せる愛情、そして自分の心の内の葛藤、未来への希望がちりばめられている。私は息をのんだ。これはまさに彼女の自分史そのものではないか。彼女とお会いしたのも2度か3度、ほんの一瞬の出会いだったような気がする。でも記念の一冊を残していってくださった。なんという縁であろうか。

 ここに一つの詞を掲載させていただき哀悼の意を表したい。

空と虹の画像

   人 生

  ふちどり鮮やかな青い空
  太陽はジリジリと容赦しない
  情熱的にそびえ立つ桜島
  噴煙はもくもくと勇壮に
  天までも高く
  手を伸ばす

  どんな時も
  逃げない強さ
  立ち向かう勇気
  忘れていないか

  志高く
  気高く
  人生を歩んでいるか

  そっと拳を握りしめ
  私に語りかけた

開業10年あれこれ その7 指定席

新狭山駅前バス乗り場 僕は川越の笠幡という田舎で暮らしている。治療院まではバス通勤である。朝は始発のバス停まで25分歩いている。健康にも良いので少しも苦にはならない。僕の座る席は左側の列の一番前と決まっている。運転手さんのすぐ左横。その席は意外と人気の席である。それが証拠に少し家を出るのが遅くなって発車間際に乗り込んだなら、すでにその席は埋まっている。他の席はガラガラだのにである。だから僕はいつもバスが停留所に入ってくる前に誰よりも早く着くように早めに家を出ることにしている。
バスが到着してから出発まで大体5分、場合によっては10分ある。運転手さんと「おはようございます」の挨拶を交わしてからその席に着く。しばし運転手さんと世間話をするのも楽しい。ある時は今日の仕事の事に頭を巡らせたりする。雑誌を読んだりすることもある。バスが動き出してスカイロードに着くまで15分あまり。僕の心は仕事モードに移っていく。心静かに治療院のドアを開ける。この”指定席”でのひと時を僕はとても気に入っている。

開業10年あれこれ その6 大雪

雪かき画像 3年半前になろうか、関東地方は50年ぶりの大雪に見舞われた。甲府市や秩父市では1mの積雪、ここら辺でも50㎝の積雪となった。しかも、2週連続で降った。2週目のときは、そんな大雪になるという予報もなかったように思う。それがあの大雪だ。駐車場がつぶれたり、農業用のハウスが倒壊したりと大変なことになってしまった。もれなく我が家も駐車場が壊れ治療院の方も被害を受けた。
 あの朝は土曜日だった。予約はそれなりに入っていた。キャンセルの電話を入れるべきなのだが、備えをしていなかったので自宅では番号がわからない。お手上げだ。でも、電車もバスも止まっているし、大丈夫だろうと諦めた。ところが、携帯に電話が入った。「先生治療院の前に来ているんだけど、シャッターが閉まったままなのでどうしたかと思って。」近所のマンションに住む常連さんからの電話だ。一瞬絶句、「Sさん、まだ雪は降り続いているしそんなところに立っていると埋もれてしまい捜索願ですよ。またのご来院をお待ちしております。」双方の電話口は大笑い。子供の頃、雪の朝は嬉しくて外に飛び出したものだ。このおっちゃんも童心にかえったのだろう。
 それから一月ほど経った頃、ある花農家の奥様が来院された。500坪のハウスが前倒壊したとのこと。その片付けでへとへとになって治療に来られたのだった。今も忘れることができないのは、奇跡的に被害を免れたサイネリアの鉢を持ってきてくださったこと。「治療院の中が、明るくなるようにね」と言って。人ってこんなにやさしくなれるものなのか!思わず涙が出た。今でもそのときのあっけらかんとした彼女の声がはっきりと耳に残っている。
 話が下世話になって申し訳ないが、それから数か月当院には面白い現象が起こった。腰が痛い、肘を痛めた、肩が上がらない、膝がおかしいと訴えて多くの患者さんがみえられた。普段は暇な当院も大忙しとなった。みなさん一応にあの2回の大雪で雪かきに精を出してからおかしくなったとおっしゃる。人の災難を喜ぶのは不謹慎この上ないが、風が吹いたら桶屋が儲かる、大雪が降ったら治療院が儲かる。品格が疑われますね。すみません。

開業10年あれこれ その5 お豆腐屋さん

最上豆腐店画像

Y・T治療院の目印はお豆腐屋さんだった。一番最初に作ったパンフレットの道案内にもお豆腐屋さんに登場していただいた。しかも無断で。

電車でいらっしゃる患者さんには「北口に出てバス通りを真っ直ぐ来ると、まもなくお豆腐屋さんが見えますから、そこを左に入るとすぐです」。車でおいでになる患者さんには「16号で来ますと、新狭山駅入口の交差点がありますからそこを駅に向かい、1つ目の信号を左に曲がってください。お豆腐屋さんの角を左に入るとすぐわかりますから」。などと電話で応対した。おかげで新規患者さんもスムーズに到着された。

店主もとても良い方で「お客さんからもよくお宅の治療院のことを聞かれるよ。あのパンフレットを少し持ってきて置いて」と、新参者の僕に声をかけてくださった。

もがみ豆腐店の品はどれも美味しくて、我が家の食卓にもよく上った。仕事中豆乳を飲んで疲れを吹き飛ばした。もがみ豆腐店はこの町の主婦のいわば人気スポットでもあった。店先でおしゃべりに花を咲かせる様子をよく眼にした。ある日のこと、お年を召した女性の方の治療をしていた。店主の声がして「がんもと揚げ、ここに置いとくよ」「あら~!持ってくるの忘れちゃったわねぇ」。こんな心和む光景を思い出す。この町を選んで良かったと思った。そのお豆腐屋さんも、2年前に店じまいしてしまった。長い間お疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。

その4 気高き人

ひまわり画像当院には実にいろいろな症状をお持ちの方が来院される。光栄でもあるが責任も重い。
Mさんは80歳の女性で開業から半年ほど経ったころ来院された。以降5年間ほぼ週一間隔で来院された。以前暮らしておられた静岡でも鍼灸を好んで受けていたとのことだった。ご主人が亡くなってから、子どもさんの近くにと新狭山のマンションに越してこられ一人暮らしをされていた。その人は気位が高くお世辞は一切言わない。施術に対してハッキリ注文を付けるといった具合でこちらとしても大変気を使ったし緊張もした。
最初の頃は非常にお元気なように見受けられた。ところが徐々に体力の低下がみられ体調不良を訴えることが多くなっていった。のちに本人の口から知らされたことだったが、胃がんを病んでおられ、がんが進行していたのだった。がん切除手術をされ、その後抗がん剤治療に入った。Mさんは背中が痛む、足がつる、肩が凝る、めまいがする、嘔気で食事がのどを通らない、不眠などを訴えて通ってこられた。体もだんだん小さくなり、ある冬の北風の強い日「風に飛ばされそうよ」と、笑いながらカートを引いて治療院に入ってこられた。私は何度か「往診もできますよ」と言ってみたが、拒否された。Mさん曰く「こうして鍼に通ってくるとついでにお店に寄ってお使いもできるし、たまにはお友達とお茶もできるんじゃない。外に出なくなっちゃダメなのよ。」たしかに東京に出てお芝居を見てきたとか、旅行に出かけた話をしてくださった。犬山城跡のことがなぜか印象に残っている。しかし、がんは転移しついに入院されてしまった。
一月ほど経ったころ、病院内から携帯電話があった。病院に往診して欲しいとのこと。主治医にも了解を取ってあるからと。ナースステーションに行って名刺を差し出すと、すぐに病室に通してくれた。Mさんは「今日は親戚も集まるらしいから、その前に鍼をしておかなきゃ」と、言われた。三日後にまた来てくれるように言われ、その場を辞した。でもそれが最後となった。

その3 看板犬

ドナテロ画像僕は以前盲導犬のユーザーだった。二頭の犬、合わせて20年間お世話になった。開業の頃も2年半盲導犬を伴って通勤していた。彼の名前はドナテロ、愛称ドナ。一頭目はグレイスというメスの犬だったが、みんなすぐ名前を憶えてくれた。ドナテロの方はなかなか覚えにくいらしく、友人たちは「どなってろ」とか「どーなってんの」とか好きなことを言って僕をからかっていた。さて、新狭山に通勤するようになったドナはすぐ町の人の目に止まった。この街を盲導犬が歩くのは初めてだったのかもしれない。
治療院のドアが開くと、いらっしゃいませとばかりに奥の方からちょこんと顔を出して患者さんを迎えてくれた。ドナのお気に入りの患者さんだと小走りに玄関まで迎えに出た。この場合、その患者さんの方が大の犬好きなので、ドナの方でもそのことを良く心得ているらしい。VIP対応なのかな。文字通りドナは当院の看板犬になった。

その2 ポットの思い出

電気ポット画像僕はブラインドテニスをやっている。以前は各地の大会を転戦するほど熱心にやっていた。10年前開業祝いにとポットを持ってきてくれた友がいる。彼はブラインドテニスの発案者であり、当時僕とは全国大会で8年連続決勝戦を戦ってきたライバルである。もちろん彼の方が強いのだが。すぐ近くの創作料理の店「私の台所」さんのカウンター席の一番奥に陣取って、台所さん自慢の豚の角煮をつまみにしこたま飲んだ。その彼も6年前山手線目白駅ホームから誤って転落死した。あの震災の年の1月だった。彼のくれたポットは治療院の流しの下の開きの奥に使われずに眠っていた。今日引っ張り出してみた。ステンレス製の魔法瓶、10年経っていてもピカピカで手触りも涼しい。今年はマイポットとして自宅で使おう。麦茶に冷たい氷を入れテニスの練習会に持って行こう。

同じく開業祝いに同僚の女性の仲間たちから電気ポットをもらった。こちらの方は約8年に渡って私たちスタッフのお茶にコーヒーに時々はカップヌードルにと大変お世話になった。故障というか寿命により苦楽を共にしてくれたポットにサヨナラを告げた。

YT治療院5周年記念ステンレスポット画像ちょっとしつこいがポットにまつわる話がもう一つある。それは5周年の記念品として200mlの小さなステンレスポットを患者さんにプレゼントさせて頂いた。控えめにYTの二文字だけ名入れもした。200はあまり店頭には見かけないので、携帯性とちょっとおしゃれな感じが喜んでいただけた。goodセレクト(゜∇^d)

その1 幸運

サラリーマン生活に終止符を打って、無謀にも見ず知らずのこの地に治療院を構えて早10年を迎える。当初不安でいっぱいの僕に思いがけないチャンスが与えられた。
それはスカイロード祭り。毎年10月の第3日曜日に開かれる”新狭山北口商店会”の大きなイベントである。僕は開業と同時に商店会長さんを訪ね会の一員に加えてもらった。開院日が9月20日、その年のスカイロード祭りは10月21日だったと記憶している。
“青空マッサージ!”瞬時にひらめいた。役員の方々に無理をお願いして急遽の出店が叶った。今は故人となられた狭山花園さんのご主人が「うちの店の前を使いなよ」と親切に声をかけてくださった。以後もそのご主人にはいろいろとお世話になるのだが。
こうして、しんさやまY・T治療院は見知らずの地に華々しくデビューする機会を得た。マッサージの出店は初めてということで大好評だった。
僕は常々自分の人生は運がいいと思っている。この一件もまた幸運の一言に尽きる。以後毎年出店させて頂いている。

お盆休みのお知らせ

  1. 8月13日(日)お盆休み(定休日)
  2. 8月14日(月)お盆休み
  3. 8月15日(火)お盆休み

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